俳人正岡子規が活躍した新聞社を取り上げ、理想の新聞を追求した人々の軌跡を紹介する企画展「孤高の新聞『日本』―羯南、子規らの格闘」が20日、横浜市中区の日本新聞博物館で始まった。8月9日まで。愛媛新聞社、東奥日報社(青森県)、同館主催。
 同館で地方紙が共同で企画展を開催するのは初めて。新聞「日本」は、明治を代表するジャーナリスト陸羯南(くが・かつなん)=同県出身=によって、1889年に創刊された。子規は92年に入社、紙面で数々の作品を発表し、俳句や短歌の革新を遂行していった。
 当時の新聞や直筆原稿など約200点が並ぶ。日清戦争時に大本営へ提出した子規の「従軍願」は、所蔵館外で初めての展示。子規没後の1903~06年ごろに書かれた「日本」新聞社任務分担表は、羯南が編集主任の古島一雄に宛てたもの。文芸担当として河東碧梧桐の名前が記されている。「日本」は1面に文芸欄を設けるなど文学を重視しており、羯南が碧梧桐を買っていたことがうかがえる。