愛媛県宇和島市の宇和島伊達文化保存会が所蔵する重要文化財「豊臣秀吉画像」の筆者がこのほど、京都国立博物館の調査により狩野永徳の長男光信(1565~1608年)と特定された。今年は宇和島藩祖伊達秀宗が宇和島に入り400年の節目。10月には歴史姉妹都市締結40周年を記念した仙台市博物館の特別展に出品されることもあり、「絶好のタイミングだ」と関係者らが喜んでいる。
 宇和島の秀吉画像は、秀吉が死去した翌年の1599(慶長4)年、側近だった富田一白が描かせた。その後、一白の長男信高が宇和島に入城した際、父の菩提寺として建立した現在の金剛山大隆寺(宇和島市宇和津町1丁目)へ寄進。幕末に宇和島藩8代藩主伊達宗城に献上された。
 現存する秀吉画像の中でも優れた出来、群を抜く大きさ(縦130センチ、横104センチ)で、教科書にも掲載された。しかし、筆者は「狩野派の有力画家」にとどまり、長らく不明とされてきた。
 今春開かれた京都国立博物館の特別展への出品を前に、狩野派研究の第一人者で、同館学芸部の山本英男副部長らが宇和島市を訪れるなどして調査、特定に至った。